潜水士試験
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「とうとうだったね」

 

「うん」

 

「内藤さんのこと、孫みたいに可愛がってくれたよね」

 

「……うん」

 

先輩に肩を叩かれた瞬間、
線がぷつりと切れたようになって涙があふれる。

 
私の名前は、内藤早織。
仕事は看護師。

 
患者さんやその家族の前では泣かないようにと気を張っていたけれど、
お見送りはやはり悲しいものだ。

 
今朝亡くなったおばあちゃんは長い間入院していて、
先輩の言う通り、私たちにいつも優しい人だった。

 
治る見込みが少ないことは承知していたけれど、
突然の急変での旅立ちは切ないとしか言いようがない。

 

翌日、

眠れない夜をなんとかやり過ごし車を走らせ、
私は海に立つ。

 

休みの日には、
ダイビングを楽しむのが、私の最大のストレス発散。

 
長い髪を束ね、
早速仲間のところへと急ぐ。

 
目の前に広がる海中の世界は、とても優しくて安心する。

まるで現実を忘れさせてくれるようで、
魚たちと触れ合う時間が、
次第に私の心を落ち着かせてくれる。

 
こうして生命に触れることで生きることの尊さや、
終わりあることを改めて理解することで、
おばあちゃんの死を受け入れられるようだった。

 
思えば、

いつも私は海に救われている。

 
仕事で嫌なことがあった日も、
ミスをしてしまった日も、
今日みたいな悲しい気持ちの日も、
日常とかけ離れた海の世界へ来ることで
気持ちを切り替えることが出来た。

 
海には心を癒やす効果があるのかも知れない。
波の音を聞いているだけでも心が落ち着く。

海から見える青い光のゆらぎ。
あれって、精神の安定をもたらすセラピー的な効果がある。

あっ、塩による保湿効果もあるんだっけ。

 

五感を全て刺激される場所だからこそ、
いいのかも知れない。

心地よい身体の疲れが、とても気持ちいい。

 
だから、
私は潜ることをやめられないんだと思う。

 

「早織さん、何かあった?」

 
私の微妙な表情に気付いたのか、
陸へあがるとインストラクターの洋子さんから声をかけられた。

 
OLから転職をしてインストラクターになったという彼女は、
やはり仕事のストレスからダイビングを始め、
今では本業にまでしてしまっている人だ。

 
背が高く、すらりとした洋子さんは男女問わず人気があり、
私も彼女がいるから、
ここの海を選んでいるといってもいいくらいだ。

 
「患者さんが亡くなったんです…。
看護師なんだからこんなことで悩んでちゃダメですよね…。」

 
「そう?そこまで親身に思ってもらえていたなら、
その患者さんも幸せじゃないかな?」

 
「……だと嬉しいです」

 
並んで座っていた私たちのところへ、
一人の男性が顔を出した。

 
「ちょっといい?」

 
「はーい、じゃ早織さん。また後で」

 
洋子さんを呼んだのは
私がお世話になっているこのダイビングスクールの社長さん。

 
このアクアズという会社が手掛けるダイビングスクールは、
女性に優しいことで有名なのだけれど、
それはこうして現場の意見を気さくに聞いてくれるからかもしれない。

 
そういえば、
私が前にあったらなあ〜とつぶやいた「髪に優しいドライヤー」が
今回から備品としておいてあったっけ。

 

そんなことを考えていると、二人が揃って戻ってきた。

 
「内藤さん、ちょっと相談があるんだけど」

 
「私、ですか?」

 
一体なんだろう。

 
事務所へと案内され、出してもらった温かいコーヒーで手を温めていると、
社長が真面目な顔で切り出した。

 
「実は週末というか、臨時のインストラクターを探していてね」

 
隣で洋子さんが続ける。

 
「インストラクターって誰でもいいわけじゃないの。
特にここは雰囲気にこだわっているスクールだからね」

 
「だから……なんでしょうか?」

 
「内藤さんにお願いできないかと思ってね」

 
「わ、私ですか!!」

 
「本格的に転職してとかそういう訳じゃなくて、
今日みたいにちょっと人手が欲しい時に手伝ってもらえる感じでいいの」

 
「そう言われても……」

 
確かに、ダイビングは楽しい。
だけどそれだけでインストラクターになれるものだろうか?

 
「もし考えてくれるのなら費用はうちで負担します。
まずはインストラクターになるのに必要な潜水士免許を取るだけでもおすすめするよ」

 
社長がにっこりと笑った。

 
「潜水士ですか?」

 
「そうね、私ももちろん持っているけど、
ダイビングを今後楽しむにあたっても役に立つ知識が得られると思うわ」

 
洋子さんにそう言われると、なぜか不思議とやってみたくなる。
それだけ尊敬できる人の言葉は大きい。

 
「じゃあ、私チャレンジしてみます!」

 

 

正直、三交替の看護師業務の合間での勉強は大変だった。
けれど、
仕事以外のなにかに打ち込むことで時間があっという間に過ぎ去っていく。

 
潜水士免許の内容は洋子さんが言った通り、
ダイビングに通じる内容が多く、思っていたよりも早く理解することができた。

 
潜水についての詳しい知識を学んだことで、
より海に行きたくなる自分に気付き、思わず笑みがこぼれる。

 
どれだけのことができるかは分からないけれど、
私らしいインストラクターになれたらいいな、漠然とそう思った。

 
それから次の試験で、私は潜水士免許を取得した。

 

さらにインストラクターになるには、
海での勉強が待っていた。

 
もし、潜水士免許を取る前の私だったら慌てていたであろう技術も、
洋子さんのサポートで順番に身についていく。

 
するとますますダイビングが好きになっていく。

 
海の生き物たちも
今まで以上に私に寄って来てくれるような気がした。

 
命に囲まれて、海に抱かれて、
一緒に泳いでいる時間は
これまで以上に至福の時間となっていった。

 

 

それから数か月後。

 
仕事が休みの日に合わせ月に3〜4回、
私は、ここでアルバイトインストラクターをしている。

 
まだまだ経験は浅いけれど、
海の楽しさを知ってもらえたり、
「また来ます」と言われた時の嬉しさは新しい発見だ。

 
「あの、初心者なんですけど……」

 
振り返ると一人の男性が立っている。

 
「いらっしゃいませ」

 
スポーツとは無縁そうな細い体にメガネをかけたその人は、
おずおずと潜水士免許を私に見せた。

 
「潜水士免許持ってらっしゃるなら、
上級者向けのコースもありますよ」

 
そう聞くと、少し恥ずかしそうに俯きながら彼は言った。

 
「僕、資格マニアなんです。潜水士だけじゃなくいろいろな免許を持っていて、
そんな潜水士試験合格のための塾なんかもやってるんですけど」

 
「凄いですね!」

 
「いえいえ。それで、潜水士の仕事は出来ないけれど、
一度も海に潜ったことがないのに講師っていうのもどうかと思いまして……」

 
「実際に体験すると、もっと海が好きになりますよ。
こちらへどうぞ」

 
「よろしくお願いします」

 

 

海には素敵な出会いがある。

 
男性を案内しながら、
波を見つめると亡くなった患者のおばあちゃんの姿が浮かんだ。

 
思えばあの日がきっかけだった。

 
「早織ちゃんはスクーバをしてるんだってねえ、
わたしも若いころは海が好きだったでねえ」

 
入院中にはそんな話をして、
海の話題で盛り上がっていたことを思い出した。

 
「おばあちゃん、ありがとう」

 
ひょっとしたら、
おばあちゃんが私にこんな機会をくれたのかもしれない。

 
他の人が聞いたら笑うかもしれないけれど


……私はそう信じたい。

 

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港湾潜水技士 松山だいすけ

港湾潜水技士 松山だいすけ港湾潜水技士

投稿者プロフィール

1980年東京都稲城市生まれ。元動物看護士。
現役の港湾潜水技士であり、実業家。
『潜水士試験合格アドバイザー』
昨年12月に、横浜にてセミナー講演を行う。
■□■□■
 いつでもどこでも気軽に学べ、現役のプロダイバーが伝える、
どこよりもわかりやすいオリジナル『潜水士試験』教材を開発する。
 潜水士、インストラクターを目指す人に教えている。
資格取得後も、人材派遣の紹介で潜水士に限らず、他業種の仕事をあっせんをする等、幅広く活躍中。
 ダイバー関連雑誌取材紹介あり、ラジオ番組出演等あり。

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コメント

    • アリマ次郎
    • 2015年 5月 15日

    海での思い出を持っている人は多いと思います。私も小学生の頃、母親に連れられて毎年海水浴に行っていました。
    潮の香りと、波の音はいつもその時の記憶を鮮明に思い出させてくれます。
    それを職業にする勇気はまだありませんが、潜水士という海で働く選択肢もあるということに驚きと興味を持ちました!

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